今日から授業が再開。夏休み明け初日のテーマとして、生徒たちに「この夏、自分が学んだこと」を共有。その中で、私自身の生成AI学習について話しました。
この夏は、文章作成、画像生成、バイブコーディング……と、ひたすら生成AIの可能性を探っていました。実は生徒の中にも「夏休みに生成AIを活用してみた」という子が少なくなかったのが印象的で、これらの技術が当たり前になる世代なんだなぁと新しい時代の到来を感じました。
個人的に、特にオススメしたのは「メタプロンプト」という考え方です。これは、画像を作りたいときに直接プロンプトを考えるのではなく、「こういう画像を作りたいのだけど、おすすめのプロンプトを教えてください」と生成AIに尋ねてみる方法です。たったワンクッション置くだけですが、生成されるアウトプットの質が大きく変わることに驚きました。
とはいえ、どんなに優れたアウトプットが得られても、それを「良い!」と思える人間側の感覚が欠かせません。そこで以前、福原将之さんの著書『教師のためのChatGPT入門』で学んだ「審美眼」という言葉を改めて思い出しました。生成AIの知識を身につけるだけでなく、その成果物を吟味する目を育てることが、これからますます重要になっていくのだと思います。
この夏の学びを振り返りながら、これらの技術が当たり前になる世代の子たちと共に学ぶ大切さを実感しました。AIがどれだけ進化しても、最後に問われるのは人間の感覚や判断力。私一人では出てこない発想や活用方法を目の前の生徒たちから学んでいきたいと思います。
