楽級通信ぷらす

大事な事からそうでもない事まで毎日呟いていきます。

脱工業化

『第三の波』読了(一応)。

自分がいかに工業化社会の考えに縛られているかを痛感した本でした。ざっっっくりとした本書の感想と、読み終わってから社会の動きをみて感じたことをまとめてみました。

 

工業化社会は、「規格化」「専門化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」という6つの原則に基づいた考え方が根付いています。例えば規格化であれば、製品の型や製造工程等を均一にし、同じものを大量生産することが「いいことだ」という考えです。いずれの原則も、工業化に伴って生まれたものです。人類はこの原則にしたがった考え方に染まっていきました。そして、現在来つつある(というか来ている?)脱工業化の考え方は、これらの原則とは見事に真逆に位置しています。

 

1982年に出版された本ですが、2021年になった今でも自分が未だに工業化社会の考えに縛られていることを痛感しました。私自身のゼミでの質問もそうです。「どのような雇用形態が主流になるのか?」「クラス全員の強みを把握するにはどうすればいいのか?」いずれも工業化社会の考えです。脱工業化社会では、「働き方は多様になる」「強みを把握しようとしている数名の人と繋がっていればよい」という回答になります。オフライン西川ゼミのゼミ生の方でさえなかなか逃れられないのだから、自分が思っている以上に根っこは深いのだと思います。

 

本を読み、最近感じた事といえば、政府のコロナ対応についてです。正直、かなり厳しい意見が寄せられています。しかし、政府の人たちがどうこうと言うよりは、もっと根深い理由があるのかもしれないと思うようになりました。全国民に「一律に」10万円を配ったり、緊急事態宣言を出した区域の飲食店に「一律に」時短要請をしたり、対策の随所に工業化社会の考えが見えます。政府の人たちは工業化社会でとても優秀な方々なのだと思います。しかしそれゆえに、無意識に工業化社会の考えを基礎とした対策になってしまい、脱工業化の波が来ている現代にはフィットしなくなっているのではないか、と考えています。そして工業化社会では、ここまで迅速に対応する必要もほとんどなかったのに、変化が激しい脱工業化社会では臨機応変に対応する柔軟さが必要です。真逆な考えのため、対応が後手にまわってしまうのも仕方ない部分はあります。「対応の悪さを政府のせいにする」私たちの考えも、何気に工業化社会の考えなのかもしれません。

 

これから自分がしなければならないことは、脱工業化社会の考えを自分に根付かせることだと思います。一例を書いてみましたが、それでもまだまだ自分の中の工業化社会の考えは深いと思います。教育だけでなく、日常の色々な場面を脱工業化のレンズを透して観察できるようトレーニングしていきたいと思います。

 

第三の波 (中公文庫 M 178-3) https://www.amazon.co.jp/dp/4122009537/ref=cm_sw_r_cp_api_glt_i_GHYYFXWM0T7CX8AG2XVN