楽級通信ぷらす

大事な事からそうでもない事まで毎日呟いていきます。

工業化せずに脱工業化はできるの?

「工業化社会を経たからこそ日本は脱工業化することができる」とオンラインゼミで学びました。しかし、いまいち腑に落ちていませんでした。というのも、トフラーの『第三の波』によると、第一の波(農耕社会)と第三の波(脱工業化社会)のコードは共通点が多いからです。農耕社会と働き方が多様な脱工業化社会は、全員が決まった時間に必ず動き出すわけではないという点でとても似ています(非同時化)。それに比べて工業化社会は全員決まった時間に働き始め、決まった時間に帰ります。これは一例ですが、つまり第一、第三の波と第二の波(工業化社会)は真逆の考えなのです。なのになぜ工業化社会は避けては通れないのか?

 

帰宅中、コンビニに寄りながらその事を考えていると、工業化社会があったからこそ今の多様な選択肢があるのだと急に気付きました。コンビニにこれだけ日用品化したものがずらっと並んでいるのも、私たちがこれだけ潤沢な選択肢から選択できるのも、日本がこれまであらゆるものを大量生産してきたからこそだと思います。帰り道もこれだけ道路が整備されているのも、工業化の恩恵なのだと思います。

 

逆に、工業化を経ないで脱工業化社会にはなれたのか考えてみました。考えれば考えるほど、無理があります。私は新婚旅行でスリランカに行きました。初めての海外というのもあり、なかなかアクロバティックな旅でした。その街並みをみると、まだ工業化していないことがわかりました。その状況から今の日本のような状態にジャンプアップするのはかなり無理がある、と考えました。

 

日本は大量生産を他の国に任せ、次のステップに入ることができます。まだまだ工業化社会のコードから抜け出せない私ですが、それも脱工業化へのステップだと考えると、世界的に見れば結構贅沢な悩みなのかなと思いました。